江戸三大祭


江戸三大祭

江戸っ子の祭好きは、今も昔も変わりません。江戸時代に花開いた庶民文化の中で、華やかな祭の数々が誕生・洗練され、現在まで息づいています。人気の祭も多く、「江戸三大祭」を何にするかは大問題ですが、ここでは昔から言われるように、“御輿深川、山車神田、だだっ広いは山王様”と唄われる「深川八幡祭」「神田祭」「山王祭」をご紹介します。

なお、外してしまいましたが捨てがたい江戸の祭を次項の「江戸三大祭の異説」の中でご紹介しますので、合わせてご覧ください。

神田祭(かんだまつり)

競い合う町神輿の粋は今も昔も変わらない
競い合う町神輿の粋は今も昔も変わらない

天平年間(8世紀)創建とされる神田明神の大祭は、2年に一度、5月に開催されます。江戸から続く下町、現在の神田・日本橋・秋葉原・大手町・丸ノ内など108氏子町に愛される「神田祭」は、江戸っ子たちが神輿を競い合う、一大イベントでもあります。

1300年以上の歴史ある神田明神ですが、特に祭が盛んになったのは江戸時代です。徳川幕府によって江戸城を守護する神社となり、祭は将軍が上覧する「天下祭」と呼ばれていました。例大祭のある9月15日は、慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いにおいて、徳川家康が神田明神に戦勝を祈願して勝利した日。これ以降、将軍家が縁起の良い祭礼として守護し、その伝統が今に受け継がれています。

【神田祭データ】
会期と会場
5/9~5/15 [隔年](神賑行事は5/1・3・5も)
神田明神(神輿は、日本橋など氏子町会を巡行)
主な行事
5/11終日〈神幸祭〉神田明神の宮神輿の巡行
5/12終日〈神輿宮入〉神田明神に町神輿が練り込み
5/15 14:00〈例大祭〉 神田明神で行われる神事
問い合わせ先
神田明神 東京都千代田区外神田2-13-2
神田祭特設サイト


山王祭(さんのうまつり)

2年に一度巡行される神幸祭の行列
2年に一度巡行される神幸祭の行列

山王祭(日枝神社大祭)は、前述の神田祭と同様、天下祭の一つとして有名です。期間中にさまざまな行事が行われますが、中でも見どころは「神幸祭」。王朝絵巻のような宮神輿や装束の巡行は、優美で格調高く、山王祭を代表する行事です。これが行われる大祭は2年に一度、神田祭と交互の開催になっています。

日枝神社とその祭の由来についてははっきりしていませんが、江戸幕府以前の太田道灌(おおたどうかん)が文明年間(15世紀)に江戸鎮護の神として祀っていたことが伝えられています。その後徳川の時代にも守護され、同時にその祭礼も守られてきました。特に三大将軍徳川家光以降は、将軍上覧の「天下祭」として、江戸はもちろん、全国に広く知れ渡るようになり、現在に至っています。

【山王祭(日枝神社大祭)データ】
会期と会場
6/7~6/17 [隔年] 
日枝神社(神幸祭の行列は、日枝神社から丸ノ内・銀座などを巡行)
主な行事
6/8午後〈夏越稚児祭〉
6/14午後〈山王御祓並鎮火祭〉
6/15 11:00~〈例祭奉幣〉
問い合わせ先
日枝神社 東京都千代田区永田町2-10-5
日枝神社山王祭

深川八幡祭(ふかがわはちまんまつり)

3年に一度の御輿渡御は壮観
3年に一度の御輿渡御は壮観

深川の富岡八幡宮の例祭は毎年8月15日前後に開催されますが、中でも見どころなのは、三年に一度行われる本祭の神輿渡御でしょう。神輿の数は120数基を超え、中でも54基の大神輿が勢揃いし、深川も町を練り歩く「連合渡御」が町々を熱狂させます。沿道では担ぎ手に水をかけて冷やす習慣があるため、「水掛祭」とも呼ばれています。

江戸時代の寛永年間(17世紀)に創建された富岡八幡宮は、徳川幕府の初期から保護を受けていました。江戸庶民にとっては、毎月の縁日は楽しみとなっており、親しまれてきた社です。元禄年間(18世紀)の豪商として名高い紀伊国屋文左衛門も豪奢な宮神輿を奉納したことからも、広く愛されていた祭であったことがわかります。

【深川八幡祭(富岡八幡宮例祭)データ】
会期と会場
8/15を含む数日間(7月頃に日程確定)
富岡八幡宮(本祭の神輿行列は、富岡八幡宮から出発、深川の氏子各町を巡行)
問い合わせ先
富岡八幡宮 東京都江東区富岡1-20-3
深川八幡祭(富岡八幡宮ホームページ)